SlowDays

震度5の地震と我々の出合った交通事情

日の出桟橋から直ぐ近くのコンチネンタルホテル?ロビーで二次会のお茶をしていたら、グラッと揺れた。オヤ地震、あら地震だわ、と言う程度だった。ではさようなら、と深刻に思わないで解散した。竹芝桟橋駅から新橋へ向った。ユリカモメは動いているのかな?とは思ったが、改札は通れたし、とのんびり構えていた。エスカレーターは動いていたが、エレベーターに乗って閉じ込められた人々がいた。それでも兎に角新橋までは行けた。

新橋へ着いたら駅前に何やら長蛇の列、これはタクシー待ちだった。ここらの写真を撮っておくべきだったが、ここらから事態の深刻さに段々気付いて、写真の事なんてすっかり忘れていて、一枚もない。ジャーナリストだったら、失格。

あれこれ調べたら、地下鉄もJRも何も動いていない。しかし記憶では新幹線がノロノロだが走っていた。時刻は多分17時半頃。横浜方面へ行く人と別れて、渋谷方面へ行く人が集まり、どうしようか、と思案投げ首。西口、日比谷口、烏守口へ行こうということになり、機関車の広場へでる。どこかで座ろうと言う声があり、ぐるっと見回して、第一ホテルのロビーでも、と出掛ける。

やっと座って、どうしようか?バスが動いているんじゃない?となり、携帯であれこれ見るが普段携帯で調べないので、判らない。俺モバイル持っているよ、でも電池がない!なんて頓珍漢な事を言うおっさんもいる。仕方がない、旅馴れている、娘と息子にメールしてみよう、と独白。直ぐに、娘から都06が動いているらしいと返事。皆で動くと遅くなるので、私一人で行く事にする。バス停に行くと100mほどの行列。先頭へ行きバスは着ましたか、と訊ねると、動いてはいるとのこと、しかしこの調子では乗るまでにも時間は掛かりそう。

その帰りに地下鉄の入口から降りて、改札口の駅員に動いていますか?と訊ねると、今動き出した、とのこと。取って返して、仲間を連れて、銀座線のホームへ、これが18時半頃。五分ほどで電車が来て、混んでいたが乗れた。やれやれ、渋谷までは行けそう。

表参道で反対側のホームに半蔵門線の電車が止まっている。動いているのかな?と思ったら、車内放送で半蔵門線は運転を見合わせています、とのこと。しかし、連れの婆さん三人が降りて反対ホームへ行ってしまった。もう一人連れがいるのだが、その婆さんは車内放送を聴いた賢い人らしい、と勝手に判断。あの動かない半蔵門線に乗ろうとしている婆さん達を放っておくと渋谷から先へはたどり着けそうもないので、降りて、動かない空いた電車に乗ってもしょうがないでしょう、と事情を教える。あら、そうだったの!?今までどうやって生きてきたのだろう?旦那も大変だったのだろうな!と同情する。

次の銀座線に先に押し込む。私はもう少しで乗れなくなりそうになる。敗戦後の電車で親と何度も電車ではぐれたことを一瞬思い出す。国内に居たから、東京に居たから、次の駅で待っていれば親に会えた。満州だったら、残留孤児になっていたかも知れない。

やっと渋谷到着。西口広場で二子玉川行きのバスにおばさん達を乗せ、お爺さんは一人成城行きのバスに乗る。やれやれ。八時ごろ帰宅。九時半ごろ藤が丘のおばあさんが帰宅したとの連絡があった。

テレビの報道によると総武線、東西線などの千葉方面の電車は点検の人員が足りなく、夜半過ぎまで動かなかったとか。震度5ていどでこれだったら、震度7なんてなったらどうなるのだろう?
by cassiopeam101 | 2005-07-24 22:24 | 四季折々