SlowDays

カテゴリ:川屋( 1 )

陽関を出れば故人なからん

新しいカテゴリーを設定した。こういう字もあるらしい、とここに書いてある。そもそもの動機は次のとおり。トップへ行き、RSSであちらこちらのブログを散策していたら、トイレ考があった、しかし、コメントは抑制していて、トラバしかない。じゃあこちらも書くか、という感じ。主に昔話で写真はないがセピア色である。

連れ合いはどういう訳か、日によって頻尿の時がある、しかし病気ではない。何かの折に調べたが、健康です、との診断。そこで今日はデルモードかね?と尋ねることにした。一人の時はどうしているか知らないが、二人の時は車に乗っている事が多く、川屋を探すのが昔は結構大変だった。三十年余り前米国ではガソリンスタンドへ入るしかないことを知り、ある意味でこれは便利だと、悟った。その後は日本でもガソリンスタンドを利用することが多くなった。最近では郊外だとコンビニを利用することが多い。高速道路SA、道の駅が使えれば申し分ない。

さて、最初はもう十年余り前に行った敦煌から陽関へツアーした折の話。今は陽関博物館という立派な建物が出来ているらしいが、その当時は何もなくて、崩れかかった峰台があり、長安への狼煙を焚いた事を偲ばせた。王維の詩を刻んだ碑とそれを含む回廊のようなものがあった。
さて、厠は?と見るとちょっと離れたところに崖に小屋掛けのような仕掛けがあり、扉を開けてはいると、向こうはパッパラパーで何も無い。下を見ると、固形物が砂のなかに小さく見える。水分はとうに蒸発している。向こう側には人は居ない。多分数百キロメートル先の雪山の峰が連なって見えるだけで、そこまでは砂漠、砂また砂である。やっとのことで水分を放出する。
敦煌では町を出れば砂漠で草葉の陰で用を足し、足で砂を蹴飛ばして一丁上がりとやらされた。これは直ぐに慣れて、結構爽快であり、開放感がある。

今はニーハオ便所があるようである。便器がこちら向きにあり、仕切りがないのを私は、我我は、こう呼んでいた。中国人はこちら向きに入る、多分、その方が敵対する時に身構えられるからだろう。恥ずかしさより安全、命が大切なのである。日本人がこっち向きで用を足せるようになるにはかなりの経験と鍛錬が必要である。高級ホテルではやっと雪隠に入ることが出来るのである。

一昔前は何度か中国旅行をしたが、水分の出し入れには悩まされた。昔の銀塩写真を引っ張り出して、デジカメでコピーしてセピア色写真でも作るか。
by cassiopeam101 | 2006-02-20 23:31 | 川屋