秋の下町散歩@東京散歩
当日の行動をメドロ先生の文字情報を引用すると
『午後、都営新宿線の森下駅に向かう。改札口には当方を入れて10名が集合し、まず深川神明宮に参拝、黄葉がまぶしかった。
南へ下り、芭蕉稲荷から芭蕉像の丘へ行き、清州橋や水上バスを眺める。ハギの花が盛りなのには驚く。
ついで清澄庭園の前を通過して、霊巖寺の六地蔵、松平定信の墓に寄り、さらに紀伊国屋文左衛門の墓に向かう。
さらに南に下り、富岡八幡の横綱の碑、七渡弁天、角乗りの碑を経て不動さんへ。このあたりの黄葉もきれいだった。
その後は居酒屋にて歓談したが、皆さんの食欲には恐れ入った。』
ということになる。楽しかった、4組の人の消息が新たに一人分かった、のが収穫。
この貼絵はメドロ先生の記述の『まず深川神明宮に参拝、黄葉がまぶしかった。』である。
火消姿に鉢巻のオッサンが神輿の格納庫の前を歩いている。格納庫は関東大震災、3月10日の大空襲のお陰で?無粋なコンクリート製である。
このお稲荷さんの短い参道の左側にはこの『古池や・・・』の句碑?があり、地面を掘った時に出たと称する蛙の置物があった。
詳しい由来はこちら・・・、芭蕉さんも苦労し、地元の方々も努力されていますな、合掌・・・。
ここは霊厳寺だが本堂をはるかに越えて高層マンションが背景を圧しているのが残念、絵だと無視すれば宜しいのでしょうね・・・。
・・・ついでに、手元にある芭蕉翁の自筆本のコピーを・・・、怒られるかな・・・?
展望台から南方向、大川の川下を見ると高層マンション群が近くに遠くに見える、無粋な景色・・・、これじゃあ芭蕉さんも可哀そう、『ばしょうさん 口あんぐりと 一の句も出ず』 字余り・・・。大川の左手が小名木川の合流点、中央の橋が永代橋でしょうか、トラスの吊橋・・・、ああ、清洲橋ですね、メドロ先生。
芭蕉さんの左手の奥にあった萩はこの通り咲いていた・・・。
江戸切絵図?を見ると、暗くなってしまったが、この辺り、小名木川・大川合流点の北側、は松平遠江守の下屋敷?となっている。
この参道を進むと深川六地蔵の碑があり・・・。
銅製の地蔵さんが鎮座している・・・。
そして、その由来を記述する札が立っている。更にその奥へ行くと寛政の改革の松平定信の墓所がある・・・。
これが表で・・・、
富岡八幡宮には他に1000貫を超える大神輿とか・・・
今度は小名木川を和船で船旅をして、何処かに、また呑屋にしけ込んでみたいね・・・。
いずれは、皆さんがまだ元気な内に学年合同の同期会をやりたいね・・・。